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初心忘るべからず(3)

2003年5月14日

サンパウロ在住 美代賢志

 労働者が給料を生産するって、変な表現だけど合理的。でも、給料の生産って何だろう?

 こうした部分が具体的な考えを伴ってきたのは、Hさんのひと言がきっかけだった。このHさんというのはすでに帰国されたのだが、当時は政府外郭団体のサンパウロ事務所長で、時々、ご相伴に預かったりという間柄だった。事務所の仕事でも新機軸を立てたりとHさんは頭脳明晰で、私の記事への批判も、面と向かって言ってくる人であった。

 ある日、ビールを飲みながらHさんに言ってみたことがある。

「Hさんもさ、ブラジルが気に入られたんなら、会社なんて辞めちゃって、一緒に何かやりますか! 異動が発表されても帰国せずに」

 するとHさんは、豚の角煮を突っつきながら、

「残るといってもブラジル料理は不味いしさ。世界有数の不味さだよ。君のあのレシピのページ、やめたほうが良くないか。市場性がないよ、あれ(笑)。フェイジョアーダなんて俺、食ったことねぇもん。でもさ、フェイジョアーダ食っただけで日伯交流だと言ったりするのもどうかしてるけど。ま、俺はそういう考えの人間だよ。でさ、ブラジルで働くってことは、ブラジル社会に対して価値を生み出す人じゃなきゃいけないってことは確かだよね。その点、俺なんかブラジルに対しては何も無いよ」

 と言うのだった。

 自分が生み出す価値の対価として給与を受け取るという考えを、どちらかというと官僚組織のイメージがある外郭団体の人から、教えられた。

 で、私はブラジルに対して、何が提供できるんだ?

 これが私の、今も続く自問である。

 そしてこのHさんが高く評価していた人物が、元サンパウロ新聞で現在、広告代理店の社長として活躍されているFさんだった。

「彼は、日系社会を離れてでもやっていける。それだけの才能があるね」

 これが、Fさんに対するHさんの評価。そしてそのFさんから先日、突然電話がかかってきた。

「あのさ、ブラジルの広告代理店なんだけど、どう? 正式雇用だよ」

「一度、お会いした方が良いでしょう」

「じゃ、今日来れる? 先方にも言っておくから」

 私にとって、あのFさんから声がかかった、というのは感動ものであった。実は少しだけだが、そのブラジルの広告代理店の内情を聞き知っていたので心が揺れた。何しろ、給料は2倍から2.5倍になる。収入が安定するし、何より、正式雇用というのも心強い。そして、まさに実力主義、というか仕事をやってナンボ、という私好みのスタイルである。ハイクラスのポルトガル語を話すブラジル人役員の面接を受け、私自身、かなり燃えてきた。

 やるか!

 しかし結局、数日考えて、この話を断った。今までの関係をすべて断ち切って働くのはどうか、ということが最大の理由。「そんなの、ブラジルじゃ関係ないよ!」と、Fさんに言っていただいた。それでもやはり、吹っ切れなかった。そして同時に、そんな所へ行って、誰のために働くのか?と、考えたのも事実である。

 広告代理店に入社して、担当する日本からの進出企業を相手する人生でよいのか? 私のようなぐうたらな若造が言うのも何だが、例え収入は少なくても、企業1社を相手にするんじゃなくて、もっと世の中の役に立つ生き方ができるんじゃないか、そういうことをやらなきゃいけないんじゃないか。今の仕事なら、少なくとも多くの人に喜んでいただける。ま、そう言っても、まっとうな生活を送っておられる方々にすれば、これはやっぱり負け惜しみなのだろうな。

 ただ、自分が仕事を通じて世の中に貢献したいと思う気持ちは持ち続けたい。もちろん、会社を通して自分が世の中の役に立つ、ということもアリだろう。その集合がつまり、企業文化なのだろうと思う。もちろんこんな考えは、表題の初心どころか、最近になって考えるようになったこと。何しろ、日本でもブラジルでも、まっとうな企業で働いたことがない。そしてまぁ、こんなことをズラズラと書いてみたのは、単に自慢してみたかっただけだったりするのであった。いやはや、仕事を断ったんだから自慢にもならんぞ、という声が聞こえそうではあるな。

 そんなわけでサイト開設から1年以上。そろそろ中だるみという感じの中で、せめて毎日、サイトを更新しようとの一念を立てたこの頃である。

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