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初心忘るべからず(2) |
2003年5月10日 |
サンパウロ在住 美代賢志 |
ブラジルの日本語新聞の発行部数がどの程度あるのかは不明ながら、ニッケイ新聞とサンパウロ新聞、それぞれ公称発行部数は1万部ぐらいか。
私が来た頃、パウリスタ新聞は公証発行部数を1万5000部と言っていたものだが。
まだ就職したてのある日の夜、編集部の電話が鳴った。当時は締め切りが午後8時で(現在は5時ごろ)、今考えるとずいぶん悠長だった。その頃、私は5時過ぎに記事原稿を終わらせて、暗室でフィルムを現像して8時過ぎまでに写真原稿を仕上げるという毎日だった。そんなわけで、編集部にはかなり遅くまで皆が残っていたのである。
さて、その電話に出ると、なにやらアメリカの広告代理店のようである。発行部数を尋ねてきた。こういう話は全く分からないので、先輩のMさんに代わってもらった。
「アタシも知らないよ。ねぇ。どれくらいだろ、実売1万?そんなないよねぇ、たぶん」
などと呟きながら、結局は実売はおよそ8000部です、などとと返事した。
「実売なんて言って、まずくないっすか? いっそのこと公証2万なんて言っちゃうとか。それでもアメリカから広告は届かないよなぁ」
「それなら、広告目当てで公証5万とか。そんな数が売れてたら、エスニック紙としてはすごすぎるよ」
そんなバカ話をしながら、ふと考えた。最低ラインとして公証1万の実売半分と仮定したとしても、毎日ものすごいお金が会社に入ってることになる。1部1レアルで毎日、5000レアルになる。いったい、どこに消えてるんだ、このお金は…。どうしてこげに、会社はビンボーなのか? 社員に払う給料はどこへ消えておるのか?
その頃は、私の給料が週給25レアルから50レアルに、やっとこさ上がった時だった。給料が2倍になったとはいえ、当時の昼食は、「これさえ食べてりゃ飢え死にしない」と言われるバナナだった。昼間、あまりにも良くバナナを食べていたものだから、制作部のおじいさんに勘違いされ、ある日、「ほら、こんなバナナもあるんだよ。好きなんでしょ。もって帰んなさい」と、ナイロン袋にどっさりと、数種類のバナナを渡されたほどである。お陰でこの日は、夕食までバナナを食べた。その献立は、バナナのフライをディナーに、食後のデザートがマッサンと呼ばれるモンキーバナナ。さすがに残りは、同じアパートに住むTさんに差し上げた。Tさんは大喜びで、早速、ミキサーを取り出してビタミーナ(ミルクセーキのようなミックスジュース)を作りはじめた。
「これは体にいいんだぞ。リンゴをね、少し入れるともっと美味くなるんだ。ほら、君の分も作ったから!」
「え、あぁ…、はぁ…」
「元気つくぞ、バナナは。どんなに貧乏になっても、これだけ食べてりゃ死なないからね」
「そうらしいです、ねぇ…」
「砂糖、足りなかった?」
「いや。充分、おいしい、です…」
話を戻すと、実は私は、紙代やインク代、印刷機の電気代や整備費用、光熱費などを全く考えていなかったのだ。新聞の売り上げがそのまま儲け。新聞社って、実はものすごいハイリターン業種じゃないか! そう勘違いした私は、ビンボーは経営に問題があるためだと確信し、改革に邁進しようと義憤に燃え上がっていったのである。
ほんと、無知ほど恐ろしいものはない。
そして程なく、「紙代の高騰により新聞を値上げする」という事態が発生した。その話を聞いて、商品の価格というのは変動費と固定費、儲けの合計だと思い至った。そりゃそうだ。しかしその考えに基づいて、欲しい金額を積み上げて行くと値段がドンドン上がってしまう。いわゆるブラジルコストと呼ばれるのは、その典型。しかし一方で、モノには適正な価格というのがある。それを基準にして、その適正価格から費用を差し引いた残りを、儲けと考えるほうが良いのではないか?
でもそれなら、給料というのは会社から貰うものではなくて、労働者が生産するものになってしまう。
この点、私は実に無学である。ま、これが正しいかどうかはともかく、それでもこの考えは気に入った。そしてその視点で見ると、社内はどうも、無駄が多すぎやしないか?と気になり始めた。
「作業に関して具体的な金額を算出し、給料とバランスをとる必要があるんじゃないでしょうか? ここは養老院じゃないんですから」
もっともこの養老院という言葉は、ブラックユーモアのつもりで言ったのだが、オジサンたちは通じず、宴席で酒の肴に笑ってお仕舞いだった。
(つづく)
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