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追悼 クジラさん |
2005年4月1日 |
サンパウロ在住 美代賢志 |
えっと、はじめに断っておきますと、クジラといっても、エコロジーな話とは無関係でございます。
さて。
たまたま某新聞社の編集部に立ち寄ったところ、クジラさんがXデーを迎えたという話であった。
このクジラさんというのは、今、勝手に名づけたのであるが、某新聞社のデスクも務められた人物で、私が団塊さんの1人として楽しくウォッチしていた人。なぜクジラさんかというと、彼は以前、「え、クジラって魚類じゃなくて哺乳類だったっけぇ?」という爆弾発言をしたことがあったためである。ちなみに、北海道大学水産学部卒(まぢ)。北大の入学・卒業の基準とは、本当にこんな程度なのか? 私は目の前の現実より、見たこともない北大のほうを信じている。
知的動物のクジラと違って痴的人間なクジラさんなので、そのXデーというのは、定年なんてことはないらしい。「今度、日本から安月給でバリバリ働きそうなイキのいいのが雁首揃えてやって来るから、経費削減のために置き換えちゃえ!」という経営側の言い分と、「イキのいいのが来る前に、編集のムードを良くさせたい」という編集側の気持ちが、理由こそ違え、共通の目的で一致したのである。何しろ、ブラジルに来て指摘されるまでクジラは魚類だと思い込んでいたような浅薄な知識しかないのに、新しい人が来るといつも、「ブラジルってぇのはなぁ…」と、講釈を垂れるのが常なのだ。そのブラジルに関する知識も、押して知るべし、だったりするわけです。で、初日早々、「こんな人が管理職でしかも私の上司って環境で働かなくちゃならないんですか…」と、若者が意気消沈してしまう(私はやられなかったけど)。
思えば、クジラさんに関する人事運動(てか、ようするに編集部からは追い出してくれ!という若手による運動)は、長い道のりの末にようやく終局なんだなぁ…と、私が新聞社で働いていた頃を述懐しつつ、一方で、悲しい気持ちも湧き起こってくるのだった。
実は、私とクジラさんの仕事上の直接的な接点は無くて、私が編集部で社会面の記者をやっていた頃は、クジラさんは経済面だった。反対にクジラさんが社会面のデスクをやっておられた頃、私は社会面を離れて翻訳面担当となり、その後、制作部に異動。編集部と制作部という接点はあったものの、そこでも、私は社会面の紙面づくりにはタッチしなかったのであった。今にして思うと、私とクジラさんの正面衝突を避けようという、Y専務(当時)の配慮だったのかもしれない。
思えば今から1年前、クジラさんは若返り人事で左遷されている。
「これって、Yさんが人事を考えたでしょ。でもクジラさんって50歳を過ぎて新聞社内でも将来性がないんだから、窓際族にして無駄に時間を浪費させないで、さっさとクビにして少しでも若いうちに新しい職が見つけられるようにしてあげたほうが良かったんじゃないの」
と、私はその時、すでに退職されつつもこの人事を立案した(はずの)Yさんに言ってみたりもしたのだった。自分の発言ながら、冷血なんだか思いやりなんだか分からないようなエゲツナさがあってオトロシイですが。その時のYさんは、ニタっと笑った後、暗い顔をされていた。
その半年ぐらい前にも、実は同様の発言をした。その頃のYさんは、クジラさんを追い出したい若手の突き上げを食らって、ずいぶん参っていたようだった。「クジラくんに関しては、若い連中から散々言われてるよ。双方にとって最良たれと悩んでるんだよ、これでも。それでこんな思いをするぐらいなら、いっそ、不満タラタラの若い奴らが存分に(人事に係わったり)できるようにしたほうが良いかって思う時もある。だけど、人だって変わるもんだろ。クジラくんだって変わるかもしれない。若い君らが思うほど、会社も、年取ってからの人生も簡単じゃないんだよ」と、言っていたものだった。その時の私の返事は、「そう思うんだったら、変わるのを待ってたり期待したりするんじゃなくて、変わる手伝いをしてあげるべきだったんだよ。Yさんが人材をマネージメントしなきゃだめだったのに」というものだった。
で、1年前の若返り人事の直後、私の先輩でもある新編集長に同じ話をしたところ…、「会社を養老院にしちゃいけないって君の主張も分かるんだけどね。でも新聞社って、伝統的にそういう側面があるじゃない。だから、やっぱりクビにはできないよ」と、私は諭された。
新しい時代の到来を感じた。なにか、すごいことが始まるんじゃないか。
で、その編集長は今、クジラさんの解雇に際して「あの人事から、1年(の猶予を与えて)待ったんだもん」と、理由を説明するのだった。
新聞社をめぐっては、私も含めて、いろんな人が「変わっちゃったよねぇ…」と(身勝手な思い入れで)寂しく思うことがあるのだけれど、ただひとつ、誰の目から見ても変わらないものがあると思う。それは人材マネージメント(を厭わない人と役職)の欠如である。そりゃそうだ。ブラジルの日本語新聞社なんて一匹狼の巣窟であって、それが会社と紙面の活力の元になってるんだから。
浅薄な知識を傲慢にひけらかしてきたクジラさんはポイされても当然だって意見も、否定はしませんよ。それでも、どこか新聞社の構造的欠陥の犠牲者のような気がして、悲しくなるんだなぁ…。私だってかつて、後輩に正当な理由なくクビを宣告した上司を、後輩とは逆に新聞社から追い出しちゃった経験がある人間なんで、えらそうなことは言えませんね。
そしてこれがテレビなら、ここでクジラがキュオーンとか鳴きながら、蒼く、暗い深海に向けてフェードアウトするわけです。母なる海の深みの暗闇は、人の心の闇でもあったのだなぁ。
2年ほど前にポジをスキャンした写真。当時のスキャニングの下手さが分かる |
2005.04.05 補遺
内田
樹の研究室の「希望格差社会」
これも参考になると思う。
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