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ゴルフを投げる人々

2003年5月22日

サンパウロ在住 美代賢志

 
 ブラジルで生活すると、日本との違いにずいぶん驚かされる。今ではすっかり日系人になりきった私だが、ブラジルに移住してきた当初は日本人100%だった。ポルトガル語が理解できず、こちらの1世(つまり日本人)と話すのすら、ひと苦労だったこともある。

 サンパウロの東洋街付近なら、日本語で道案内してくれる人が少なくない。

「すみません、この建物がどこかご存知ですか?」

「ああ、そこのエスキーナをジレイタで、テルセイロの白い建物だ(そこの辻を右に曲がって、3番目の白い建物)」

「えっと、あの、どこ?」

「あなた、2世? 日本語わからないの?」

 こう言われて返答に窮したことも少なくない。そして気がつくと、私も同じような話し方をしている。知らぬ間に単語がポルトガル語化してしまう。この日本語はよく、「コロニア語」と称される。しかし、いまだになじめないコロニア語がある。

 1996年11月のことである。全国日系ゴルフ大会が開催された。ゴルフに関しては、棒を振って玉を転がす程度の知識しかない。この日の私はもちろん、参加するためではなく取材でカントリークラブへ出撃したのである。もちろん、未だに参加する身分ではないのだが。

「さぁ、写真を撮るでェ」

 勢いよくコースにようとした私に、ひとりの選手が日本語で話しかけてきたのである。

「あなた、ゴルフ、投げますか?」

 エェ!野球の始球式みたいなことすんのか? それともブラジルは、ボールを放り投げるんやろか。うそやろ。基本的にスポーツは世界共通。いろいろな国で国際試合やってるぐらいは知ってる。それにみんな、クラブ持っとるやないか。でも最初の1打だけ手で投げるのかな。そんなマイナールールは知らんかった。思わず硬直してしまった。しかしこの選手も私の反応にビックリしたらしい。おずおずとポルトガル語で、「すみません。あなたは2世? ゴルフはするの?」と切り出したのである。

 あ、そうか。英語の「play」に相当するポルトガル語の動詞は「jogar」である。基本的には「投げる」という意味で使うことが多い。だから、日本語でそのまま「投げる」と言うのだ。後で知るのだが、日系人社会では一般的な用法だ。しかし、いくら何でもそりゃないぞ。中学校の英語試験で、「ミス・グリーン」を「緑さん」と訳してバツをもらった私である。冷静に、「やりません」と日本語で答えた。

 この翌年、同じ大会にムツゴロウさんこと畑正憲さんが参加された。畑さんもきっと、「投げるの、上手いですね」などと言われただろう。私以上にポルトガル語がわからない(ハズの)畑さんは、気にする風もなくうちとけていた。昼食で、「僕のテーブルにおいで」と声をかけていただき、お言葉に甘えた。フェイジョアーダが好物だといい、細身なのにいっぱい食べていた。いろいろな話題で場を盛り上げていただいた。唯一、テレビの話を伺った時、キッとした目になり沈黙された。確かに、作家でありながら「テレビの動物好きのおじさん」風に扱われたと思えば、気分の良いものではない。ごめんなさい。それにしても、気さくに日系人と談笑しながらコースをまわる畑さんの様子は、日本の雑誌などでバッシングされていた畑さん像からはかけ離れたものであった。

 でも私は、いつかは言ってみたい。「あなたはゴルフを投げますか?」と。しかしこのセリフ、あまりにも本来の日本語とかけ離れすぎて、いつまでたっても抵抗がある。ちなみにブラジルでは、トランプやビデオゲームも「投げる」。サッカーだって「投げる」。ハンドが違反でなくなるぐらいでないと、サッカー王国にはなれないのだ。

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