私の妻は非日系人、こちらの移民社会で言うところのガイジンである。基本的に日本語は、まったく話せない。が、時には突然、日本語で話すことがある。
以前勤めていた新聞社というのはもう、日本語の総本山というか、移住後20年以上を経てなお、ポルトガル語ができないという人が多い場所であった。当然、内線を編集部にまわした後は、日本語のほうが通りがよい。まぁ、そんな関係で日本語を少しずつではあるが覚えているようである。
受話器を取ると、聞きなれた声…。
「ワタシ美代デスカ? 美代オネガイシマース」
いや、そりゃアンタは私の妻だから法律上は美代だろうけど、相手にどう呼ばれたいかは自分で決める問題じゃないか? いや、そういうことを言ってるのとは違うのか。
この日本語はもちろん、普段の電話で相手が「美代さんですか」と話すところから覚えたのである。ポルトガル語では語尾のニュアンスだけで疑問形にも変化するので、その勘違いはごく普通のものであった。
結婚後2、3年は、家に帰ると「タダイマ〜」と言って出迎えてくれた。こちらが先に、「ただいま」と言えばもちろん、「オカエリ〜」と言う。まぁ、意味が分からないのだから混乱するのも当然。最初こそ「違う!」などと言ってみたが、この勘違いはなかなか面白いのでそのままにしておいた。どうせ家庭内の言葉なので実害はないのだ。でも、今では間違えることはめったになくなってしまった。残念。それでも、2人して帰宅した場合は今でも、お互いに「オカエリ」と「タダイマ」を交互に2回、言うことになる。日本だとご近所から、かなり変な目で見られるかも。
もちろん同じような勘違いは、私だって多い。
「Entendeu?(わかった?)」と聞かれて「Entendeu(わかった)」と答えるのはその昔、日常茶飯事だった。これは、相手が2人称で聞いているのをそのまま2人称で返しているのである。本来は1人称で「Entendi」と返事しなければならない。
ポルトガル語は動詞における活用変化が英語よりもはるかに多い。3単現なんてことを中学時代に教えられたが、それをはるかに上回る。だから主語が省略されることも多いのである。「Entendeu?」と言えば、2人称過去であるから、自然と「(あなたは)理解できましたか?」という意味になるのである。そして「Entendi」と1人称過去で返せば、「(私は)理解できました」ということになる。もちろん3人で会話をしている時にもう1人が「Entendeu」と言えば、「(彼は、あるいは彼女は)理解できましたよ」という意味になる。主語が省略できるというのは、慣れるととっても便利な言語だと思う。構文上の主題はあっても英語のような主語のない日本語に、(言語上の発想はともかく)すごく似ていると思う。
ブラジル人のおおらかさというのは、ポルトガル語の言語的懐の広さと無縁ではない、と思う。よく注意して聞いていると、本家のポルトガルよりもさらに柔らかな表現を使っているのがわかるはず。まるで標準語と関西弁のような関係。では、それに似ていると私が主張する日本語と日本人はどうなんだ?と問われると、困るのではあるが…。ま、関西人のほうがおおらか、ということにしておきましょう(ホンマでっか?)。
写真は、ブラジルの公衆電話。基本デザインは全国でほぼ同じ。フードの色が違うぐらいかな。見た目のかわいさとは裏腹に、雨の日などは使いにくい。また身障者(車椅子)用は支柱を短くした構造のため、健常者が使うにはしゃがむ必要がある。この点は、日本のボックス式のほうがよく考えられている思う。ほかにも、観光地などでは動物をかたどったものもある。
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手前が車椅子用 |
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